「ポンコツだけど頑張り屋」が刺さる理由

この組み合わせは、かなり強いです。

物語の中では主人公の定番になっているし、 現実の職場でも、この型の人は不思議と許されます。

なぜ効くのでしょうか。


応援できる形になっているから

人が誰かを応援したくなる条件は、意外と単純です。

① 足りていないものがはっきりしている
② 本人がそれを埋めようとしている
③ まだ埋まっていない

「ポンコツだけど頑張り屋」は、この3つを同時に満たします。

完璧な人は①がないので応援できません。 諦めている人は②がないので応援しても届きません。 すでに達成した人は③がないので、応援ではなく称賛になります。

未達で、かつ向かっている状態が、いちばん人の感情を動かします。


「頑張り屋」だけでは足りない

同じ努力をしていても、 すでに有能な人の努力は、あまり応援の対象になりません。

「あの人はできて当たり前」と見られるので、 努力の量が同じでも、物語として認識されません。

ポンコツさは、努力を可視化する装置として働いています。 これが組み合わせの正体だと思います。


ただし、現実では変換されないことがある

ここからは現実の話を書きます。

物語では努力が結果に結びつきますが、職場では結びつかないことがあります。

起きること
頑張っているのは伝わるが、評価は成果で付く
「頑張ってるんだけどね」が、擁護ではなく諦めの表現になる
頑張りを認められること自体が、期待値を下げられた合図になっている

3つ目が痛いです。 「頑張ってるよ」としか言われなくなったら、 それは成果について何も言うことがない、という意味であることがあります。


頑張りが変換される条件

同じ努力でも、結果に届く場合と届かない場合があります。

届きにくい  量を増やす/同じやり方で回数を重ねる/気合いで補う
届きやすい  苦手な工程を特定して、そこだけ変える
       記録に置き換える/手順を作る/人に渡す

「頑張り屋」の落とし穴は、頑張れてしまうことです。 気合いで乗り切れるうちは、仕組みを作る動機が生まれません。 そして量で解決できる範囲を超えたところで、一気に崩れます。


それでも、この型は強い

現実的な留保を書きましたが、 この組み合わせが人に好かれるのは事実です。

そして好かれることは、実務上かなり大きいです。 教えてもらえる、助けてもらえる、次の機会が回ってきます。 能力の差より、この差のほうが長期では効きます。

だから「ポンコツだけど頑張り屋」は、悪い位置ではありません。 足りないのは頑張りではなく、頑張りを向ける先の選び方だけだったりします。


関連