ポンコツな旦那と暮らすということ
「うちの旦那、ポンコツで」と言うとき、 語調は軽くても、中身は軽くないことが多いです。
実際に起きているのは、多くの場合能力の差ではなく、負担の偏りです。
何が起きているのか
「やってくれない」より厄介なのが、**「言えばやってくれる」**という状態です。
一見すると協力的に見えます。実際、頼めば動きます。 ところがこの形は、実行だけを分担して、管理を分担していません。
管理の仕事= 何をいつやるべきかを把握する/期限を覚えている
在庫を数える/段取りを組む/頼むタイミングを計る
実行の仕事= 言われたことをやる
前者が丸ごと片方に乗っています。 そして前者は目に見えないので、やっていない側からは負担として認識されません。
「手伝おうか?」という言い方が出てくるのは、この構造が原因です。 手伝う立場でいる限り、管理は移りません。
「言えばやる」から抜けるには
指摘の仕方を変えても、たいてい変わりません。 変わるのは担当を丸ごと渡したときです。
| 効かないやり方 | 効くやり方 |
|---|---|
| 「ゴミ出しといて」 | 「ゴミは全部あなたの担当」(曜日の把握・袋の補充まで含めて) |
| 「そろそろ洗剤なくなるよ」 | 「洗剤の在庫はあなたが見る」 |
| 気づいたときに頼む | 領域で切って、口を出さない |
渡したあとに口を出さないのが、いちばん難しくて、いちばん重要なところです。 やり方が違っても、期限がぎりぎりでも、結果が出ているなら介入しません。 介入した瞬間に管理が戻ってきます。
最初の数回は水準が落ちます。そこを耐えられるかで結果が変わります。
それでも変わらない場合
領域を渡しても回らない、渡すこと自体を拒まれる、 話し合いにならない——という場合があります。
そこまで来ると、家事の分担の話ではなくなっています。 「対等な相手として扱われているか」という別の問題に変わっています。
ここから先は、生活の工夫でどうにかする範囲を超えます。
経済的な選択肢を持っておく
書きにくいことですが、実務的な話をひとつ。
関係を続けるにしても、変えるにしても、選択肢は収入の有無で決まります。
これは離婚を勧める話ではありません。逆で、 続けると決めるためにも、続けないという選択肢が実在している必要があるという話です。 選べない状態で続けているのと、選んだうえで続けているのとでは、 同じ生活でも意味がまったく違います。